焼きそばとは・・・【定義】

やきそばと言えば、やっぱりウスターソースが決め手の「ソース焼きそば」を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。しかし、やきそばと名が付く食べ物には、パッと思い浮かべただけでも「塩焼きそば」「あんかけ焼きそば」「かた焼きそば」「上海焼きそば」などたくさんの種類があります。

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やき‐そば【焼き蕎=麦】

蒸した中華そばに肉・野菜などを加えて油でいためたもの。また、揚げた中華そばに肉・野菜入りのあんをかけたもの

やきそばについて辞書で確認してみると、焼きそばのルーツは中華料理の「炒麺」(チャーメン)であり、中華麺(支那そば・中華そば)と肉や野菜などの具材を炒めて調理したものすべてを、焼きそばだと定義できることになります。

※ソース味焼きそばは味付けが無限に広がる炒麺の中の一種ではありますが、他の炒麺との関連性についてはわかっていません。

この定義をもとにカップ麺の焼きそばを「焼きそば」と言ってしまっていいのだろうか?という大きな疑問について、あくまで個人的にではあるものの腑に落ちる答えがみつかったのでご紹介させていただきます!

答えはもちろんカップ麺焼きそばも立派な焼きそば

焼きそば好き同士で話をしているとよく出てくるこの話題!「カップ麺も旨いのは認めるけど、麺を焼いてない(炒めてない)ので焼きそばとしては認めない!」という興味がない人にとっては本当にどうでもよい問題ですが・・・。

このカップ麺問題を解決する前に、かた焼きそばではどうでしょう? 麺が炒められて(焼かれて)いませんね?

ソース焼きそばとは麺を使っているという以外はまったく別物!ぱりぱりになるまで揚げた麺の上に、餡に溶いた具材をかけたもので麺の大きさや地域性の違いで皿うどんと呼ばれたりもしていますが一般的には、かた焼きそばと名付けられ、焼きそばとして認められていますよね。
そもそも、かた焼きそばの麺は自宅やレストランで炒めるところを見ることがほとんどありません。油で揚げられた麺をそのまま使用することがほとんどです。炒められていない麺、時にはうどんとも称される麺料理が焼きそばと呼ばれるのに、カップ麺のやきそばが焼きそばとして認められないというのはいかがなものでしょうか?

定義のはなしに戻しますが、中華そばを炒めたもの、揚げた中華そばを使用したものを焼きそば(炒麵)と呼ぶならば、工場で油分と過熱調理が加えられた麺を使用するという意味で、カップ麺も正式なやきそばとして認められるべきではないでしょうか!

ルーツは中華料理の炒麺であり、そこから派生した炒麺は皆、焼きそば兄弟と考えれば、皿うどんもかわら蕎麦もカップ麺も、もちろんソース焼きそばもぜーんぶ焼きそばの一種として考えてみてはいかがでしょうか!

焼きそばの歴史

焼きそばの歴史をたどると、中国の炒麺にたどり着くことは分かりました。炒麺の味付けは塩や醤油味が中心で、日本では長い間、中華のお店でしか食べられていなかったようです。しかし、ソース焼きそばに限ってのお話をすれば、どうやら日本で発祥し、全国に広く定着し、今では国民食と言われるまでに普及しました。炒麺の歴史までさかのぼるのはまた別の機会にさせていただいて、日本で創作された日本独自の料理とされるソースやきそばについての歴史を少し探ってみたいと思います。

①ソース焼きそばは戦後の日本生まれ説

焼きそばが日本で誕生したのは、一説には終戦直後の時代で1950年前後といわれています。当時は小麦粉などが高価だったので麺の量が少なくなるのは仕方なく、比較的手に入りやすかったキャベツを使って量を増やしていたそうです。キャベツをたくさん使うと当然、水っぽく、味が薄くなってしまう分を味の濃いソースで補うようになったというのがソース焼きそば誕生の一説です。

②ソース焼きそば戦後ではなく、昭和10年頃にはすでに駄菓子屋、おでん屋、屋台の人気商品だったという説

昭和11年出版の「素人でも失敗しない露店商売関係案内:著=増田大次郎」に焼きそば屋台出店のノウハウが掲載されており、文中で、屋台での開業方法のほか調理方法、仕入先までアドバイスがされているようです。

材料は、今ではもっともオーソドックスな具材の豚肉がないものの、中華そばに、キャベツ、天かす、ソースが使用されています。この料理が目の前に出てきたら、それは焼きそば以外の何物でもないですよね!

③ソースと蕎麦があれば誰か一人くらいは焼きそばを食べたことがあったんじゃないか説

「中華麺を使っていなければ、焼きそばじゃない」「豚肉が無ければ焼きそばじゃない」「カップ麺は焼きそばじゃない」とかいろいろな個人的見解はさておき、蕎麦とソースさえあれば、誰か一人くらいはそばを焼いてソースで味付けしたことがあったのではないだろうかという説。

そばの歴史とソースの歴史から焼きそばは昭和10年よりずっと前には食べられていた説を考えてみましょう!

そば(蕎麦)の歴史

日本では、誰が食べ始めたかはわかりませんが、なんと蕎麦は古墳時代から食されていたようです。これを聞くと、焼きそばの起源はとてつもなく歴史があるような予感さえもしてきます。しかし、蕎麦が大昔から食べられてきたとは言ってもお米のようにそばの実をそのまま食したり、お湯とこねて団子状にした「そばがき」として食していたようで、今のように「蕎麦」と聞いて連想できる麺状の形に近づいたのは、江戸時代になる少し前のことです。

(ウスター)ソースの歴史

ウスターソースは料理に使わなかった野菜や果物の一部分を余らせるのがもったいないと考えた主婦が偶然作り上げた説や外国のソースを真似て作ろうとした失敗作が偶然、発酵された出来上がった説など諸説がありハッキリしたことは分かっておりません。イギリス・ウスターシャー州のウスターという地域で作られたソースであることが語源とされています。日本への伝来時期については江戸時代末期と言われています。鎖国中に南蛮文化が伝わったとなれば、長崎の出島に伝わった説が連想がされますが、詳細はわかっていません。

日本でウスターソースが認知されるようになったのは、明治時代に入ってからのようですが、広く普及していたわけではなく富裕層が利用する洋食屋の一部でのみ使用される程度で、庶民が焼いたそばにかけるような代物ではなく、焼きそばの誕生にはまだほど遠い時代のようです。

明治18年には国産のウスターソースが新味醤油という形で発売されますが、これも人気が得られずすぐに発売中止となってしまいます。やはりまだ焼いた蕎麦にウスターソースかけるという発想は生まれない時代のように考えられます。

なかなか人気が出ない不遇の時代が続いたウスターソースですが、洋食の普及を背景に明治時代後半には多くの会社がソース製造に参入するようになり、今でも有名なイカリソース、ブルドックソース、カゴメソースなどが生まれたのがこの時代のことです。そしていよいよ、大正時代に入る頃には一般庶民にもフライ料理などの流行にあわせてソースの需要が増えたことでウスターソース文化が形成されだします。この頃になると味の方も随分日本人の味覚に合わせてカスタマイズされることで洋風万能調味料として日本特有のウスターソース文化として定着したいったようです。

このころになると誰かが焼いた蕎麦に、醤油とソースを間違えて掛けたら、めちゃめちゃおいしかった~なんて焼きそばを楽しんでいてもおかしくはないと思うのは自分だけでしょうか?

以上、自分勝手な仮説に基づく3つめの、蕎麦にソースをかけて食べた人が焼そばブームの先駆者説は一旦忘れていただいて、ソース焼きそばは昭和初期説~終戦直後の闇市説いづれの説が正しいにしても、昭和の早い段階から現在に至るまでに、地域や時代に合わせて大きく進化・発展したり、昔のままのおいしさを伝統として続けていたりと、多少、形は違っても愛され続けていることには間違いありません。

私自身がよりおいしくいただくためにも、焼きそばについて、食べ歩いたり、作ったりした記録とそこで得たうんちくについて語らせていただこうと思います。